俺はどうしてこうも女に縁が無いんだろうか………。
―――…いや、逆にありすぎるのかもしれない………。
獄寺隼人24歳。
国立の大学を卒業して就職したのはそこそこ名の知られる外資系の企業だった。
日本語、英語、イタリア語と数ヶ国語を使い分け、自分の頭脳と両親から受け継いだ容姿には
それなりの自信があった。
………それなのに、それなのに………!
なぜ、俺の側に寄って来る女にはまともな奴がいない…!!?
学生時代からその運の無さは分かっていたつもりだったけれど、社会に出てからと言うもの、
それはますますひどい運命をたどり始めた。
会社に行けば机の上、引出しの中にまでプレゼント攻撃。
熱い想いのこもったラブレター。
……時にはひどい内容のものもあったが、それは無理やり忘れることにした…!
取引先の相手と交渉が終われば、夜のお誘いを仕掛けられるという始末で、どうにか温和にお断りするのも大変だ。
クタクタの身体で自宅に帰れば知らない女に待ち伏せされているという、この現状。
―――…本当に、俺はほとほと疲れてしまっていたのだ。
「――ねぇねぇ、○○美、あの占い師さんに占ってもらったんでしょ?どうだったの?やっぱり当たった?」
「うん!それがね……、先週の日曜に占い師さんに言われた通りに友達誘って飲みに行ったらさ、
本当に声をかけてくれた人がいたの!それで今その人とメル友になったんだけど、すっごいいい感じなんだよね〜」
「え〜!?マジで!?あたしも占ってもらいた〜いっ」
「うん、超おススメだよ!?……でもあの占い師さん、いつも不定期にしかいないんだよね〜」
「そーなんだよね〜。どこにお店出してるのか分かれば、ちょっと遠くても行くんだけどな〜」
最近うちの会社ではひとりの占い師の話題で事欠かなかった。
なんでもその占い師は、ボロいテントみたいな建物を路上に出して営業をしているらしいんだが、
まぁおそらく許可を取っていないのだろう、都内のあちこちを転々としながら営業しているようで、
たまたま出会えたらラッキー、占ってもらったことは90パーセント以上の確率で当たるという、すご腕の占い師だった。
――そしてある日の金曜日、俺は週末前の残業で帰りが遅くなり、会社を出たのが夜の8時半になってしまった。
このままひとり家に帰って肴をつまむよりは、どこかでうまい飯でも食って行こうかと、本来なら乗るはずの地下鉄のホームを
通り過ぎ、すこし先にある繁華街へと足を向けた。
そしていつも世話になっている小さな飲み屋へ行こうとして細い路地を左に折れた所で
その店の横に小さな緑色のテント?のようなものがあるのを発見したのだった――。
近付いて行ってよく見るとそのテントの入り口には『お1人様 1回1000円 15分まで』と書かれていた。
「―――?」
なんだこりゃ、と思って中を覗くと小さなテーブルをはさんで手前に椅子がひとつ。
そしてテーブルの奥側に深めのフードを被った占い師がひとり、座っていた。
(―――…もしかして、これ……)
あの噂の占い師か…?と入り口の張り紙と中の人物を見比べていたら、
「――…いらっしゃいませ」と中から少し高めの男の声がして、獄寺はその人物を凝視した。
(……女かと思ったけど…、男だったんだな)
フードに隠れてしまっているので確かな事は分からなかったが、あまり高いとは言えないその座高や
服から出ている手や顎が自分よりもはるかに細く、女性的なものを感じさせた。
「――…? どうぞ?何を占いましょうか」
店の入り口をふさいでいる自分へ向けられたその怪訝そうな声音に、獄寺はハッとした様子で目の前の椅子に腰かけた。
(……占ってもらうつもりは無かったんだけどな…、まぁ1回くらい、いいか…)
テーブルの上に置かれた水晶玉に視線を下ろす。
「…じゃあ、異性関係のことを……」
そう言って千円札を一枚出して占い師に渡すと、彼はそれを有り難そうに受け取って
「では、水晶玉に少し顔を近づけて頂けますか?」と促した。
獄寺が素直にそれに従うと、水晶玉の表面に自分の顔が映った。
それを占い師は覗き込むようにしてしばらくのあいだ見ていたようだっが、特に手をかざしたり、などの動きは無かった。
――…数十秒ほど、無言の時間が続いた。
すると占い師はおもむろに顔を上げ、「………そうですね、出会いは今夜、あります」とだけ告げた。
「―――……? はっ? 今夜ですか…?」
「……はい、今夜です」
「…でも俺、あと飯食って家に帰るだけなんスけど……」
「でも今夜です。必ず運命の出会いがあります」
「――……、はぁ」
「……外れるということはおそらく無いと思いますが、万が一外れてしまったら、
来週の金曜日またここにいらしてください。
お手数をかけてしまいますが、お金を返金させて頂いて、もう一度占い直しますから」
獄寺があんまり不審そうに見ているのに気が付いたのだろう。
占い師は少しおどおどした様子で安全策を切り出した。
そして――…、
「―――…あと、あなたのまわりの女性は皆さん熱狂的な方が多いようですね。
……でも、ラブレターのお返事はきちんとされた方がいいですよ……?
それとあなたのお姉さまですが、会いたがっていらっしゃいますね。一度でもお電話されたらいかがですか?」
と、まだ話してもいないようなことをぺらぺらと告げたのだった。
なんだかよく分からないまま占いは終わり、獄寺は隣にある飲み屋へと入った。
「――あらお兄さん、いらっしゃい!」
いつも世話になっている少々小太りの明るい女将の声に迎えられて、唇の端に小さな笑みが浮かんだ。
「今日は何にする?あたしのお勧めはメバルの煮付けだけど」
「――じゃあそれで。簡単なつまみとビールも付けてもらえますか」
「はいよぉ」
カウンター席に着くと女将は大きな体をゆさゆさと揺らしながら、料理を運んできた。
「はい、どうぞ。――そういえばお兄さん、表の占い師さん、占ってもらってたでしょ。
あの人当たるからね〜。すごいんだよ?」
「……おかみさん、あの人と知り合いなんスか?」
「ん〜、知り合いっていうかね、うちの敷地を貸してあげてんのよ。
まだ大学を卒業したばっかりらしくてね、お金とるのは可哀そうでしょ?お兄さんとは系統がちょっと違うけど、すごく綺麗な子なのよ〜?」
と、それは個人情報だろ、と思うことまで女将は嬉しそうに話して去ってゆく。
(―――…そんなに若ぇのか…)
大学を卒業したばかりということは、おそらく自分といくつも変わらない年齢だ。
――しかし占いの結果はあまり納得いくものじゃあなかったけれど、実の姉のことを言われた時には少々びっくりした。
最近頻繁に姉から電話が掛かってきていて、ずっと無視していたのだ。
自分の意思で家を出て、もう何年もひとりで暮らしてきた。
親には育ててもらった恩はあるが、あの家を継ぐという意思は全くない。
そんないざこざもあって、姉とも実家とも、だいぶ連絡を取っていなかった。
――…ふぅっ、とため息をひとつ吐いて酒を口にする。
この店は奥まった敷地にあるせいか、ほとんどが常連客ばかりで、うるさく騒ぐ女どもはいない。
獄寺は静かに顔を上げると、「女将、日本酒もくれねぇか?」と、早くも酒のお代りを要求した。
―――…カラカラカラ。
店の引き戸が軽い音を立てて開く。
「――…あら、お疲れさま。今日はもう店じまいなの?」
女将の声に顔を上げると、自分の隣の隣の席に若い男が腰を下ろすところだった。
「はい、今日の分はもう稼げたので…――」
彼はニコッと微笑むと「あっ、今日のお勧めください。あとビール」
と、自分と同じようなメニューを注文した。
足もとには大きなトランクが置かれていて「? なんだ?こんなところに旅行者か?」とも思ったが
話の内容からしてもそうでもないらしい。
――…じゃあ、あのトランクの中身は一体何なんだ…?
俺はずいぶんと不審な顔で見つめてしまっていたのだろう、青年がその視線に気付いて
「――…あっ、これ商売道具なんです」と言って笑った。
(―――…あ、ん? ……この声、どっかで聞いたような………)
「!! ――ー…あぁっ!…あんたさっきの占い師か!?」
思わず指をさして叫んでしまい、俺は「シィ」っと指を立ててたしなめられた。
「……すいません、一応顔隠して商売してるので………、あんまりバレたくないんです」
彼はすまなそうに言うと俺にビールを勧めてきた。
「どうぞ、一杯。ここで会ったのも何かの縁でしょうから」
俺はそれを有り難く頂くと、女将に瓶ビールを一本追加してもらい、彼のコップに注ぎ返した。
「――あんたさ、うちの会社でも結構話題になってるよ」
「あっ、本当ですか?有り難いです」
彼は控え目にふふふと笑った。
「でもさ、どうして占い師なんかしてんだ?――…あんたくらいの見た目なら、モデルとかも出来そうだけど」
彼はちょっとびっくりしたような顔をして、
「あはは、俺にはそんなの無理ですよ。俺、こう見えてスゲーどんくさいんで……。
モデルならあなたの方が合ってそうですけどね」
と、話を流した。
――あまり自分のことを聞かれたくないのかもしれない。
(……まぁそうだよな、いま会ったばかりの人間に自分のことを明かす奴なんて早々いない)
「――――…獄寺隼人」
「……? はい?」
「だから俺の名前。獄寺隼人って言うんだ。
―――…あんたの名前は……?」
目の前の彼の瞳がまんまるになった。
(……あっ…、目、スゲーでかい…)
「…………なんで、そんなこと聞くんですか……?」
(……そうだよな…。なんで俺、さっき会ったばかりの奴に名前なんか明かして………)
「―――…ただ、知りたいと思ったから…?」
「――…っ!」
「あんたの名前は?」
「――――…、………さ、わだ、沢田、綱吉、です…」
「………さわだ、さん……」
「…ハイ……」
俺たちは初めてお見合いに挑んだ男女みたいに気まずい空気を醸し出しながら、その空気を払しょくすべく
いつもに増してハイペースで酒を飲んだ。
――………そして見事につぶれた。
気が付いた時には女将の顔が目の前に迫っていて、俺は思わずガバリと飛び起きた。
「――…っ!」
「お兄さん、大丈夫?もう店閉めちゃうから、起きてちょうだいね」
「………、うぁ……、頭痛てぇ……」
「――…それよりこの子、どうしようかしらねぇ……。いくら呼んでも起きないのよね」
女将がため息とともに向けた視線の先では、自分と競い合うように酒を飲んでいた彼が、
赤い顔のままテーブルに持たれ込んですやすやと眠っていた。
「………、あぁー……」
「泊めてあげたいのはやまやまなんだけど、うちは狭くて布団敷けるスペースも無いし……」
――確かに。
この店の狭い敷地はほとんどが営業用として使われていて、生活用のスペースはいくらも無いのだろう。
「……………女将さん。…じゃあ、俺が連れて帰ります」
「――…あら、大丈夫なの?」
「はい、明日は休みですし、うちならひとりくらい泊められるんで………」
「そう?そうしてもらえると助かるわ。こんな状態で帰す訳にもいかないし、本当にどうしようって思ってたのよ」
俺は自分の分と彼の分の支払いを済ませると、「これだけ預かってもらってもいいッスか……?」と、
彼の商売道具だという大きなトランクを女将に預けて店を出た。
「……よいせっ、と……」
よく眠ったまま起きない彼を背に背負ったまま地下鉄に乗るのはものすごく恥ずかしい気がしたが、
まぁ3駅だ、我慢できない訳じゃない。
いざ乗り込んだ最終の電車はガラ空きの上、ほとんどが自分と同じような酔っぱらいだったため、
俺の心配は無駄に終わった。
駅前3分の大きなマンション。
5階の9号室が獄寺の部屋だ。
背中の彼を落とさないように気を付けながらガチャリと鍵を開け、ベッドルームに直行した。
いくら細身の男と言えど、ずっと背負って来たのだ。
重いものは重い。
やや乱暴な仕草でドサリと彼をベッドに落とすと、「―――…うぅ〜ん……」と彼が小さく唸った。
獄寺はキッチンで水を一杯コップに満たすと、ググッと音を立ててそれを飲みほした。
そしてもう一杯注ぎなおしたものを持って、ベッドルームへと向かう。
「―――…沢田さん、だいじょうぶですか……? 水、のめますか」
コップをベッドサイドの棚に置いて、彼の背中をやさしくさすってやりながら、獄寺は(…らしくねぇな)と口の端を引き上げた。
「………沢田さん、あの―――」
(……寝ちまったか……?)
何も答えない彼を訝しげに思い、表情を確かめようとして顔を覗き込んだ……、その時―――。
「!? うわっ…!」
細い腕が彼の身体に絡みついて、獄寺はベッドに仰向けに倒れ込んだ。
(―――…何だ……?)
自分を引き倒した男を見下ろして、彼はしばし止まったまま呆けた。
(…寝てる………)
獄寺の腹に腕を絡め、足も絡み付かせて、まるで抱き枕のような恰好で自分を抱き締めたまま
すやすやと眠っていた。
(………おい。どーすんだよ、これ……)
どうにか外そうともがいたが、そのたびに彼が「…んん〜…」と非難めいた声を上げてそれを阻止する。
しばらくそんな攻防を続けていた彼らだったが、――…ふと、獄寺は彼のあるの変化に気付いて動きを止めた。
「―――…勃ってる………?」
腰を押しつけられている太もものあたりに、固くこりこりとしたような感触を感じる。
まさかな、と思いながら身をよじったら、そこに足を押しつけてしまったらしく、
彼が悩ましげな声を上げて獄寺にきつく抱きついた。
(――――…マジかよ、…おい)
先程より強く押し付けられた身体は、ぷるぷると小刻みに震えている。
「―――……んん、ぅん〜……」
すりすりと擦りつけられた柔らかな髪が腹の上で揺れている。
――…次第に身体の内に熱が溜まるような感覚を覚えて、獄寺は絶句した。
「――……嘘……。…俺、男相手に興奮してんのか………?」
自分にそんな性癖は無かった筈……。
しかし意識すればするほど自分の身体は熱を増してゆき……―――、
………彼は思考を放棄した。